顎関節症の治療
東京医科歯科大学顎関節治療部では
病態(痛み運動制限)のコントロールと病因のコントロールをおこなう。
●痛みと運動制限に対しては始まってから2週間以内は安静、2週間を超えている場合は開口訓練。痛みにはカロナールなどの鎮痛薬も使う。
●病因のコントロールはTCHのコントロールを主とし、バイトプレートも含め、咬み合せの治療はほとんど行わない。
という治療戦略で好成績をあげているといいます。
当院ではこの治療戦略を参考にして治療にあたっています。原因となっているTCH,頬杖などの生活習慣の改善で、顎関節症の症状(口が開かない、関節が痛い)の改善を図り。音がする症状については、音のするメカニズムを説明し、自然治癒を待ちます。
※開口訓練は痛いところまで自分の手であけ10~20秒静止。これを4~5回繰り返す(1セット)。3~5セット/日
※TCH:(Tooth Contactinig Habit)目が覚めているときに上下の歯を接触させている習慣。思い切りかみしめた強さの7割以下の力で長時間かみしめている現象。
唇を閉じたとき、上下の歯が当っている人はTCHがあるといわれています。舌や頬粘膜に歯列の跡がついているのはTCHをしている兆候だといわれています。
※慢性期の治療の原則は筋肉と関節の血液循環を良くすることです。具体的には、蒸しタオルによる温熱療法と動かすこと(運動療法)が有効です。
※蒸しタオルは、濡らして絞ったタオルを電子レンジで温めることで簡単に作れます。痛みが和らぐまで数回繰り返しましょう。
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顎関節症の症状
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顎関節の解剖
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口があかない、音がするメカニズム
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注意すべき生活習慣
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TCHをコントロールする方法
① 歯を離すと書いたメモをパソコンなど作業する場所に張りつけ、それを見たとき、肩の力を抜いて、口を開き歯を離しましょう(東京都木野先生の提唱)
② 上下の歯の間に軽く舌を挟んで、微笑みましょう(北九州市下川公一先生の提唱) 側頭部に指を置いて奥歯で噛むと側頭筋が収縮することが分かります。次に舌を挟んでみてください。側頭筋がリラックスすることがお分かりになると思います。
③ 食べ物を噛むときの一口目を前歯で噛み切りましょう(埼玉県久喜市石幡先生の提唱)
いずれも歯を離すことになり、側頭筋、咬筋などの口を閉じる筋肉を緩め、外側翼突筋を動かして顎関節の血流をよくすると考えられます。
この3点セットをお勧めしています。2016/03/19
End-feel試験
顎関節症における開口障害はClosed lock(復位を伴わない関節円板前方転移)だけではなく、筋肉が原因のものや関節内の癒着が原因になっているものなどがあることがわかってきました。簡易に関節性・筋性の開口障害を判
別する方法としては,最大開口時に術者が手指で下顎
を伸展させ可動性を確認する顎関節可動性試験(エンドフィール試験)が使用されています。自力の開口度=他力の開口度(hard end-feel)の場合は関節性であり、自力の開口度<他力の開口度(soft end-feel)の場合は筋肉性だとされています。
参考:永田和裕 開口制限を伴う顎関節症の治療
鑑別診断
咀嚼筋腱・腱膜過形成症(咬筋、側頭筋の腱および腱膜が過形成することにより、筋の伸展を制限し開口障害をきたす疾患で、2008年の日本顎関節学会シンポジウムにおいて疾患名が承認された新しい疾患)
いわゆる四角い顔貌と緩徐に進行する開口制限および最大開口時に咬筋前縁の硬い突っ張りの触知が診断の決め手。『口腔外科ハンドマニュアル‘13』。開口制限はあるが、前方運動(顎を前に出す)ができるのが顎関節症の関節円板前方転移で口が開かない場合と異なる点だと考えています。(2009年の論文に「下顎側方および前方運動に制限がないのも診断の一助と考える」とあります。)
以下のパノラマレントゲンは当院で経験したケース。いずれも下顎角や筋突起が発達しています。
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開口度15ミリ程度。男性
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開口度20ミリ。女性
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開口度20ミリ。男性
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※Square mandibleを伴う新概念の開口障害:咀嚼筋腱・腱膜過形成症の病態と治療
顎関節症と鑑別すべき重大な疾患に側頭動脈炎(巨細胞性動脈炎)があります。Dawsonの『オクルージョンの臨床』1974年版では言及されていましたが、1989年の第2版、2007年の第3版には記載がなくなっています。日本人には少ないといわれており、東京歯科大学(当時)の顎関節症の専門医は講演で「見たことがない」と述べていました。食事の後で側頭部や下顎が痛くなるといった顎関節症と似た症状がありますので、頭の片隅に置いておく必要があります。自己免疫疾患の既往のある場合は要注意です。眼に症状がある場合には眼動脈に炎症が波及しており失明に至るといわれていますので、緊急に神経内科などを受診する必要があります。
※ここ数年体調が悪いとおっしゃっており、医科でも何も問題ないといわれていた患者さんが、近森病院で巨細胞性動脈炎(昔は側頭動脈炎とよばれていました)と診断されたと来院されました。治療には副腎皮質ホルモンを使いますので、骨粗鬆症を予防する薬物も使用することになります。ビスフォスフォネート製剤(骨粗鬆症の治療薬)を長期に使用すると抜歯時の顎骨壊死のリスクがありますので、抜歯にならないよう家庭療法が特に大切になります。
※側頭動脈炎は日本人では稀な疾患だといわれています(1998年の厚労省疫学調査で690人、0.65/10万人)。しかしながら関連するリウマチ性多発筋痛症の年間罹患率は50歳以上の人口10万人当たり52.5人であり、そのうちの15%が側頭動脈炎を併発するとの説があります。(総合診療・感染症科マニュアル、亀田総合病院編集、医学書院による)。つまり、50歳以上の10万人当たり8人発症することになり、高知市にも10人ぐらいいる計算になります。リュウマチ性多発筋痛症の治療で治っているのかもしれません。
もう一つの鑑別すべき疾患は舌咽神経痛です。これは大開口時に激痛が舌の奥から耳の奥にかけて走ります。痛みの強いことが特徴であり、「激痛があるなら顎関節症ではない」と言われています。また、顎関節症の痛みは開口やかみしめ時に生じるので、安静時に痛みがあるのは別の疾患の可能性が高いことになります。
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